原稿をうまく「話す」コツ

広報や秘書が書いた原稿をあたかも自分で書いたかのように話す。あいさつを頼まれるとこのような場面はけっこう多いのではないでしょうか。その時にいつも感じるのは、「伝わっているだろうか」という不安でしょう。今回は話題になったジャーニーズ性加害問題の会見から、私が気づいたことを対策のヒントとして書き記します。不安を感じているスピーカーの方はぜひ参考にしていただければと思います。

【手紙を代読することの難しさ】

ジャニー喜多川氏の性加害問題について旧ジャニーズ事務所が10月2日会見を開きました。会見はNHKでも、前触れ(2日会見を開く旨)をニュース内でコメントするなど多くの国民の注目するところとなりました。会見の全容やそこから受けた印象についてはこれまで多くの論客が見方をコメントされていますが、私はコミュニケーションの専門家として、井ノ原さんが藤島ジュリー景子氏の手紙を読んだことに触れたいと思います。手紙はジュリー氏がしたためたものを井ノ原さんが代読する形で披露されました。自分で書いたものを自分で読むのではなく、人が書いたものを代わりに読む。これは2つの点で伝えることに難しさがあります。まず句読点や改行などの位置が、自分のものとは違うためタイミングが合わないことがあります。そして自分がふだん使う言葉とは違うことで、発話しにくかったり意味がよくわからないこともあります。ただ、これらは何度か読む練習をしたり、使いにくい言葉を言いやすく、理解しやすいように変えることが可能です。例えば“私には経営権限はありません”を“私には経営に関する権限はありません”とかみ砕いたり、書き言葉である“新社屋完成の2018年まで”というフレーズを“新しい社屋が完成した2018年まで”と言い換えることができます。

一方、代読する側は極力相手の気持ちを汲み、感情の動きに合わせてその人の言葉で語る必要があります。例えば次の文章では、使われた単語に気持ちが表れていると思います。『ジャニーズ事務所は名称を変えるだけでなく、廃業する方針を決めました。』そして『叔父ジャニー、母・メリーが作ったものを閉じていくことが、加害者の親族として私ができる償いなのだと思っております。』 ”事務所を止める”といった普段使うことばではなく、”廃業”という強い言葉の使用には気持ちが入っていると思いますし、”叔父ジャニー”、”母メリー”と敬称を付けたことにも意味があると感じられました。“加害者の親族”と自分のことを呼ぶ気持ちなどは、このあと続く母と娘の親子関係に思いを巡らせなければ、言葉に感情を込めることはできないと推察します。

【読んでいるのに映像化される】

井ノ原さんは、読み始めの時には緊張した面持ちで、ひとつ、ひとつの言葉をかみしめながら読み進めていました。この段階ではまだ紙に書かれた文章を正確に伝えているにすぎませんでした。しかし、以下のフレーズのあたりから雰囲気が変化してきました。(手紙全文より)

『ジャニーと私は生まれてから一度も二人だけで食事をしたことがありません。会えば普通に話をしていましたが、深い話をする関係ではありませんでした。
ジャニーが裁判で負けたときもメリーから「ジャニーは無実だからこちらから裁判を起こした。もしも有罪なら私たちから騒ぎ立てるはずがない。本人も最後まで無実だと言い切っている。負けてしまったのは弁護士のせい」と聞かされておりました。当時メリーの下で働いていた人達もそれを聞かされてそれを信じていたと思います。そんなはずはないだろうと思いますが、ジャニーがある種、天才的に魅力的であり皆が洗脳されていたのかもしれません。私も含め良い面を信じたかったのだと思います。』(手紙抜粋)

これ以降、井ノ原さんの代読に皆が引き込まれていきました。その証拠に場面が頭の中に浮かんでくるようになったからです。ジュリー氏と母親のメリー氏との決してよくない親子関係が、あたかも目の前に映像化され、ジャニー氏とお孫さんとの食事会の様子が断片的に垣間見えてきました。読むことで映像化されるのは理解する上でとても重要です。状況が映像を見ているように感じられることをビジュアル化と呼び、百聞は一見にしかずのことわざを通して有効であることを認識できることでしょう。朗読でもなく、なりきり読みでもない、井ノ原さんのうまさに脱帽した瞬間でした。

【けん引するのは会話調】

ではなぜビジュアル化されたのでしょうか。その理由は3つあると思っています。「」で構成された部分がいくつかあった点、ジュリー氏の話し言葉であった点、そして物語になっていたことです。

「」かぎ括弧で表現される部分は、主に会話です。原稿の中では本人の使う話し言葉であることが一般的です。そうでなければかぎ括弧にする必要がないからです。本人が話すように発話する必要があります。「私はその言葉に納得しました」ではなく、「なるほど、そういうことか!と思ったのです。」と言い換えるとだいぶ印象が違いますね。もし、井ノ原さんが「社長とジャニー氏は一度も二人だけで食事をしたことがないそうです。」と話したとしたらインパクトはもう少し小さかったと思います。こうした会話調は人の頭にすんなりと入ってきます。落語や子供の読みきかせなどは、登場人物になりきって声を作ることがよくありますが、あのテクニックはまさにかぎ括弧でくくられている部分で発揮されることを思い出してください。

【ストーリーテリングの効果】

物語になっていた・・・これはストーリーテリングと呼ばれる手法です。会見を聞く人に対し、お芝居を見ているように内容が展開していくことで、大切なことを聞き逃さず、一語一語を記憶することができます。「むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじさんは山へ芝刈りにおばあさんは川へ洗濯に行きました」というイメージです。

記者会見において、本人が出席しない場合はビデオメッセージが主流ですが、今回は代読という形になりました。これは井ノ原さんだからできた芸当だと思います。井ノ原さんのキャラクターと、お芝居の技術があってこそでした。会見の前半、当事者からのメッセージを伝える時間帯でこれが出来たことは事務所にとってはよい流れとなりました。会見では東山さんはすべての責任を背負い神妙な表情を維持していたため、その枠をはずすことはむずかしかったと思います。しかし、井ノ原さんはスーパーサブという立場でそれが出来た絶妙の存在でした。ピンと張りつめた緊張の糸をいい意味で少しでもゆるめたいと思っていたことでしょう。実際に藤島ジュリー景子氏の健康状態をわきに置いたとしても、手紙を代読したことには上記のような作用があったと私は想像しています。もちろん、結果論ですが・・・。実際に会見に出席した記者や、会見をセッティングしたコンサルティング会社には知り合いがいますので機会を見て聞いてみたいと思います。(了)

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